2023年2月24日金曜日

初夏の陽気と誕生日

 アメリカの西海岸や中西部には大寒波が襲来しているそうですが、こちら東海岸は初夏のような気温が続いています。昨日は最高気温が80°F(26℃)以上もあり、夕方に半袖で外に出ても全く寒さを感じませんでした。

 

このところの陽気のせいか、ご近所ではモクレンやコブシの花が一斉に咲き始めました。我が家の裏庭にもモクレンの木があるのだけれど、日当たりが悪いからなのか毎年ぽつぽつと咲くだけで、ご近所の木のように満開にはなりません。でも心なしか毎年少しずつ花の数が増えているような気もします。 

 水仙も増えました 。


菜の花も。

少しずつ春が近づいています。

さて、今週、私はまたひとつ齢を重ねました。

この年齢になると、誕生日だからどうということもないのだけれど、ささやかにお祝いをしていただきました。家族からは誕生日に何が欲しいかと訊かれたけれど、何も思いつきません。逆にモノを減らしてほしいくらいです。誕生日じゃない時にはいろいろと欲しいものがあるのに、どうして毎年誕生日になると欲しいものが思い浮かばないのか、不思議です。

夫とSちゃんが食事に連れていってくれるというので(息子は仕事)、韓国料理のお店に出かけることにしました。ところが、行きたかったお店はちょうど定休日で、急遽別のお店に行くことに。このお店、ちょっと怪しげな外観なうえに店内もガラガラで、うーん、という感じだったのだけれど、お料理はとっても美味しかった。海鮮チヂミは外はカリカリ、中はモチモチ、プルコギのお肉は柔らかく、スンドゥブッチゲはアツアツ。本当はトッポッキやチャプチェも食べたかったけれど、なにしろ量が多いので、他のメニューは次回のお楽しみに。

途中でテイクアウトのお客さんと店員さんが韓国語で話しているのが聞こえて、私は会話が聞き取れるかな、とダンボ耳になって聞き耳を立てていたら、お客さんが「キダリルケヨ」と言ったのがわかって、やったー、わかったー、と感動しました。ちなみに「キダリルケヨ」は「待ちます」という意味です。

食事の最後にシナモン味の甘ーい飲み物が出されて、一口飲んでみたら、液状の飴のような甘さでした。シナモン味でもあるから「わ、浅田飴みたい」と私が言うと、Sちゃんは「なんですか、それ?」と訊いてきます。きょうびの若者は浅田飴を知らないのね、と思って、「昔からある、丸い缶に入った飴なんだけどね、…」と私が言い終わらないうちにSちゃんは、「えー、日本語だったんですか!? アサダーメっていうものかと思いました」と。ぷぷぷ。

そういえば以前も、私がサバの炊き込みご飯を作った時に、いつもと違うサバ缶を使ったらあまり美味しくできなくて、「今回はちょっと大味だったね」と私が言ったら、Sちゃんは「オオアジってなんですか?」と訊いてきました。「味気ないっていうことかなぁ」と答えると、「オオアジっていう言い方があるんですね。一瞬、サバって大きいアジ(鯵)なのかと思っちゃいました」と。ほんとにかわいい人なんです。

えーと、誕生日でしたね。

家に帰ると、Sちゃんがフルーツタルトを用意していてくれました。フルーツたっぷりで美味しかったー。

こうして今年もお祝いをしてもらって、幸せな一日を過ごしました。

 

2023年2月16日木曜日

贅沢な悩み

 

花粉症の症状が出始めました。

日本にいた頃はティッシュの箱が手放せないほどこの季節はスギ花粉症に悩まされていましたが、こちらには杉の木がないので安心していました。ところが、いつの頃からか、季節が春めいてくると、唇の上やのどが痒くなり、目もショボショボすることが1週間程度続くようになり、軽症ながら何らかの花粉症にかかってしまいました。それが今年はスギ花粉の時のようなつらい症状が出ています。前々からカエデの花粉じゃないかと疑っていたのだけれど、裏庭のカエデは今まさに地味な花を咲かせています。去年はこんなにひどくなかったのに、今年は庭仕事なんぞをしているせいでしょうか。くさめがとまりませぬ。

話変わって、我が家の冷蔵庫はもうダメかもしれません。庫内で水漏れを起こしていて、水漏れ箇所の下に水受け用の容器を置いているのだけれど、息子いわくコンデンサーが故障しているとのこと。前々から変な音がするようになり、突然「カッ、カッ、カッ、カッ、カッ」と何かに取り憑かれたような音を発するのです。最初は家族も、何の音?と訝しんでいましたが、最近は「It’s possessed again」と何事もなかったように言うだけです。でも、もういい加減に買い替えないといけません。

そのためには庫内の食品を早く消費してしまわないといけないのだけれど、それがなかなか上手くいきません。というのも、たまに息子が家で料理をすると、とんでもない量を作るからなんです。例えば、これ。

10lb(4.5㎏)のムール貝。自家製マリナーラソースで味付けしてあるのだけれど、多すぎて入れる器がないから特大金属ボウルを使っているという。Sちゃんを含む家族4人でたらふく食べましたが、食べきれるはずもなく、残りは後日ボンゴレ・ロッソ風パスタになりました。

そして、ある日は50個の生牡蠣。これは地元産のヒジョーに新鮮で美味しい生牡蠣でした。懇意にしているアジア系食料品店の店長さんが入荷日を教えてくれたらしく、バルクで買うという約束でずいぶんお安くしてくださったのだとか。生牡蠣だけじゃなく、グリルで焼いてお醤油をほんの少し垂らして食べたのも美味しかった~。あー、贅沢だけど、こんな食生活をしていたら痛風になりそう。

つい先日は大きな豚肉の塊を買ってきて圧力鍋で煮込んでプルドポークを作っていましたが、またこの量が半端ない。うちは4人家族(勝手にSちゃんも人数に入れて)なんですけどねぇ。最近私はもう食事をすることに疲れていて、今夜はお茶漬けでいいや、と思うのだけれど、冷蔵庫や冷凍庫の残り物をなんとかしなければいけないのでした。

そういえば、息子はピザを作るとかなんとか言って、30lb(13㎏ぐらい)のピザ生地用の小麦粉(00 Flour)を買ってきたこともありました。業務用しか売ってなかったというのだけれど、ピザ屋さんでも始めるつもりなんでしょうか。果たして、大量に残っている小麦粉で私はせっせとパンを焼くのでした。

息子はしばらく出入り禁止にしよう。



2023年2月12日日曜日

西部戦線異状なし

先日、この記事を書いて、一度はアップしたものの、こんなにネガティブな感想をわざわざ載せる必要があるだろうかと思い直して、下書きに戻しました。でも、このブログは自分の記録でもあるし、後々、あの時はこんなことを考えていたんだと振り返ることができるように、再びアップすることにしました。それに、この映画は高評価ばかりじゃないということも分かったので。

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Netflixで新作の「西部戦線異状なし」を観ました。

最近は2時間一気に映画を観るのが難しく、新作ラインナップに出てきていたのは知っていたけれど、後回しにしていました。先日、アカデミー賞のノミネート作品が発表になった時に、この映画が多数の部門にノミネートされているのを知り、これは早く見なければと思い立って、週末に見ることにしました。

「西部戦線異状なし」にはちょっとした思い出があります。小学生の頃、おそらく日曜日の昼間、祖父母の家の居間で遊んでいた時に、テレビで「西部戦線異状なし」が放送されていました。私はレゴか何かで遊んでいてテレビを観ていたわけではなかったのだけれど、白黒の映画で、戦争の映画だということは分かっていました。ストーリーは全く理解していなかったものの、そのラストで、主人公が戦場で蝶に手を伸ばして撃たれてしまうというシーンと、それに続く、「西部戦線異状なし」という字幕だったかナレーションだったかが、ずっと心に残っていました。もう少し大きくなってから、それに原作本があるということを知ったのだけれど、当時は翻訳本が大嫌いで、結局読むことはありませんでした。

もともとはドイツ語の小説ですが、ずっとずっと大人になってから英訳でこの本を読み、これまでに制作された1930年版(小学生のときに見た映画)と1979年版の両方の映画を観ました。そして今回のNetflixの映画が3作目です。

結論を言ってしまうと、新作は残念の一言です。

原作のあらすじは、第一次世界大戦がはじまり、ドイツの青年たちは勇んで軍隊への入隊を志願し、主人公とその同級生たちも同様にドイツ人としての誇りをもって入隊を志願するものの、現実は想像とはかけ離れたもので、友だちや戦友を失うことや敵の命を奪うこと、戦争そのものの実態が主人公の心を次第にむしばんでいく、というストーリーです。

新作は、映像の美しさや迫力という点では確かに過去の作品よりはるかに優れていると思います。これが「西部戦線異状なし」というタイトルでなかったら、戦争映画として受け入れられたかもしれません。でも、今回の新作は、原作の一番大事な部分、主人公の心の変化の描写が単純すぎました。例えば、穴の中で自分が刺した瀕死の敵兵と一夜を過ごす(原作では)場面、例えば、負傷した戦友を負ぶって昔話をする場面は、あまりにも淡々としているうえに、帰省して故郷の周囲の人や教師に違和感を覚える場面に至っては、完全に削除されていました(大事な部分なのに)。原作にはない停戦の話も、停戦予定時刻の数十分前に攻撃命令が出て戦死した兵士たちがいたことは真実だけれど、原作とは関係のないそちらがメインになってしまった感が否めないのは残念です。戦争が兵士たちの心をどう変えていくかということをもっと前面に出してほしかった。戦争の悲惨さは十分に伝わってきますが、登場人物たちがただただ茫然としてしまっているだけのように見えて、「西部戦線異状なし」に似た別物を観ているような気がしました。3作目ともなると、前作との違いを明確にしたいという気持ちがあるのかもしれませんが、原作者が本当に伝えたかったことが有耶無耶になってしまったように思います。

本当の「西部戦線異状なし」を知りたい方は、まずは原作を読むことをお勧めします。


 

 

2023年2月10日金曜日

運転免許の更新ときれいなお菓子

今週は運転免許の更新に行ってきました。

2015年にアメリカに戻ってきて新しく運転免許を取得した時には、有効期限が8年後の2023年までと記載されているのを見て、遠い未来のことのように思ったものでしたが、その2023年が「今」になってしまいました。次の更新は2031年です。わぉ。どんな世の中になっているのか、想像もできません。8年前にはコロナ禍が起こるなんて思ってもいませんでしたよね。

免許更新の通知は12月中に届いていて、普通に更新するだけなら申請書を郵送するだけで新しい免許が届くとのことでしたが、新しくReal IDを作る場合には必要書類を持ってDMV(Department of Motor Vehicles)に申請に行く必要があります。

現在は飛行機に乗る際に通常の運転免許証を身分証明に使えますが、2025年からは運転免許証を身分証明として使う場合はReal IDと呼ばれる運転免許証しか使えなくなるのだそうです。私のまわりの人たちはみんな免許更新の際にReal IDに替えていますが、私の場合、国際線はもちろん、メジャーな航空会社のチケットはパスポートと同名の旧姓の名前で買うので、空港でのIDという目的で運転免許を使うことはほとんどありません。だから実際、現時点ではReal IDではない通常の免許でも構わないのだけれど、これから8年の間に他の目的でReal IDが必要になることもあるかもしれないので、Real IDを作りました。他にもReal IDの代わりになるものを持っているんですけどね。グリーンカードとか。

DMVというと、何時間も待たされるというイメージが強かったのだけれど、今回はオンラインで申請書を記入/送信して、オンラインで予約を取り、当日も入り口に置かれたQRコードをスマホで読み取ってチェックインすると、すぐにテキストで通知が来て、窓口に呼ばれるという簡単さ。あんなに空いているDMVは初めてでした。これもきっとコロナ禍で変わったのでしょうね。

ちなみにこのDMVの支所は隣町にあって、私が大学生のときに初めて免許を取った場所です。8年前は別の支所だったので、何十年ぶりに訪れたのかな。初めての免許取得時はパラレル駐車ができなかったりして、何度か実地試験に落ちたのでした。今回、あのDMVの駐車場を見た瞬間に、悪夢がよみがえってきました。ぷぷぷ。今もパラレル駐車は苦手だけど。

ところで、娘が送ってくれたお菓子を開けてみました。まずは、賞味期限の短いものから。

リンゴのお菓子はかわいいお饅頭でした。


 あまりきれいに切れなかったけれど、中身は白餡とリンゴジャムです。

そして、こちらは「すはまだんご」という京都のお菓子。初めて知りました。

 触ってみると少し柔らかく、お団子なのかと思ったら...、むむむ、きな粉味。この味は…なにか懐かしい。初めて食べるのに。なんだろう、知っている味。...と記憶を手繰り寄せていくと、

五家宝(ごかぼう)だ!

いつも祖母の家のお菓子入れに入っていた緑色のお菓子。懐かしい~。


2023年2月5日日曜日

水仙と日本のお土産

 

先週までしばらく暖かい日が続いていたので、庭の水仙が例年よりずいぶん早く咲いてしまいました。

ところが、今週末は大寒波に見舞われ、最低気温が-6℃ぐらいになると聞いていたので、 せっかく咲いた水仙の花も凍ってしまうんじゃないかと思い、咲いている花だけ切花にして家の中に飾ることにしました。家の中が少し明るく感じられます。蕾はそのままにしておいたけれど、昨日の日中に蕾の状態を見に行ったら、ガチガチに凍っていました。枯れちゃうかなぁ。

 

水仙と言えば、昔住んでいた三浦半島の町は、この季節、海岸沿いに無数の水仙が咲いていて、ランニングやウォーキングをしていると、かすかな香りが漂ってきたことを思い出しました。探してみたら、昔撮った写真がありました。

 最近、裏ワザを使って日本のサイト「Gyao!」で 韓国ドラマや日本のドラマを見ているのだけれど、横浜が舞台のドラマ「100万回言えばよかった」の第4話の見逃し放送を見ていたら、最後のほうで主人公二人がバスに乗っているシーンがあって、そのバスが走っている海岸通りがまさに私が毎日走ったり歩いたりしていたあの海岸通りだったのです。ハッとして、そのシーンだけ何度も再生してしまいました。最近撮影されたものだと思うのだけれど、この季節のやわらかい日差しや海の青さ、パリッとした空気を、まるで自分がそこにいるような感じで思い出しました。

そして、ハワイの娘から日本のお土産が届きました。


日本に行く前に「何が欲しい?」と訊かれたのだけれど、レンゲと歯ブラシぐらいしか思いつかなくて、それだけでいいと言っておいたのに、たくさん買ってきてくれましたよ。何気に、昭和ちっくなパッケージが多いのが面白い。

川崎を拠点に、JRの乗り放題パスをフル活用して、京都、奈良、大阪に出かけ、当初は行く予定ではなかった長野にも日帰りで行き、京急の三崎まぐろきっぷで懐かしい三浦半島を巡り、横浜中華街で春節を迎え…と有意義な日々を過ごしたようです。

弟(息子)に、ではなくSちゃん宛てにもひと箱届いているので、こちらには何が入っているのかな?

 

2023年1月30日月曜日

晴耕雨読

 この時期は通常はよく晴れて、空気もパリッとしていて、寒いけれど好きな季節のひとつです。ところが、今年はいつになく雨が多いような気がします。低温で植物が休眠している間にしておかなければならない庭仕事がいろいろとあるのに、晴天日が長く続かないのでなかなか手をつけられずにいます。

先週末は珍しく晴れて気温も比較的穏やかだったので、ずっと気になっていたことに手をつけました。家の裏口の横には玉石を敷いた場所があるのだけれど、石の下に黒い不織布を敷いていたにもかかわらず、横から侵入してきた芝が土の中に根を張って、不織布を突き抜けてわさわさと茂ってしまったのです。これは本当に手強い芝で、つながった根が全体に張り巡らされているので、夏の間は抜いても抜いても次々と生えてくる上に、玉石が邪魔で根こそぎ取り除くことができずにいました。これはもう、一旦枯れて根が弱くなる冬まで待つしかないとそのままにしておいたのだけれど、もう見るのも厭でした。お見せするのも恥ずかしい…

いざ作業を開始して、まずは玉石を取り除いて…と思いきや、これが結構深いところまで埋まっています。土を手持ちシャベルで掘り返して、最初は小石をひとつひとつ拾っていたのだけれど、とんでもなく時間がかかります。そこでなにか篩(ふるい)になるものはないかと家の中を探したら、100均で売っているようなプラスチックのカゴがあったので、土ごとカゴに入れてふるい、石を選別しました。そうしながら芝を引き抜いて根絶やしにして、丸二日かけてようやくまっさらな空間になりました。

こんな狭い場所に二日間もかかるなんて。そして、これが終わりではなく、不織布を敷いて玉石を戻さないといけません。できれば玉石は洗いたいし。

そして月曜日は雨。作業は一時休止。

月末なので、今月読んだ本の話でも。

今月はたったの3冊しか読んでいません。それも1冊(シリーズ)はマンガです。

なぜこんなに少ないのかというと、我慢して我慢してなんとか読み終えようと頑張った本を途中で放棄してしまったからです。ローラ・インガルス・ワイルダー(「大草原の小さな家」のローラ)の伝記で、書評を読んだ時にどうしても読みたくてフルプライスで買った本なのに、とにかく長くて、あまり必要じゃない情報も多いような気がして、挫折しました。半分ぐらいしか読んでいないけれど、ローラの人生は「大草原の小さな家」の幸せな家族というイメージからは程遠いものだったようです。またいつか再挑戦します。

1月に読んだ本:

町田康「私の文学史 なぜ俺はこんな人間になったのか?」

NHKのラジオ韓国語講座を聴いていた時に、他の番組に町田康の文学講座があって、ちょっと聴いてみたら面白かったので、それが本になったものを電子書籍で買いました。ご本人には失礼かもしれないけれど、町田康さんは私に似ているところがあるような気がするのです。だから「なぜ俺はこんな人間になったのか?」をぜひ知りたいと思ったのです。文学講座だから、文学を通しての経験や文学への思いなどがつづられているのだけれど、「自意識という殻をやぶって、正直に書く」ことが最高の文学への道だということなのだと受け取りました。

水樹和佳子 「イティハーサ」

小学生の頃に読んでいた懐かしい少女漫画が無料で読めるサイト(合法、広告表示あり)があると知り、その他の漫画を見てみたら、このイティハーサがありました。読み始めて思い出したのだけれど、これは昔、確か妹が持っていた少女漫画誌で途中の1話だけ読んだことがあったような。1話だけだったので詳しい内容はよく分かりませんでしたが、神話のような印象的な話で、何か恐ろし気であったことを覚えていました。今回全話通して読んでみたら、なんとも深い話で驚きました。善と悪を描いた物語なのだけれど、一般的な善と悪の概念を覆すような、それでいて納得してしまう、壮大なドラマが描かれています。若い頃にこれを読んでいたら、理解できたかどうかわかりません。

北杜夫 「どくとるマンボウ 青春の山」

なぜ今、北杜夫かというと、前出の町田康の本に、北杜夫を読んでいた、とあったからです。とはいえ、買わずに読める本はなかなか見つからず、なんとか見つけたのがこの本でした。太平洋戦争終盤に、山と昆虫が好きだったことから長野県の旧松本高校(信州大学の前身)に入学し、本土決戦で来るべき死について悶々としながら山登りをした日々のことや、ヒマラヤ登山のこと、父・斎藤茂吉のことや、上高地の宿のおかみさんに「偉い人ではない」と言われた母のことなどを綴ったエッセイ集です。

2023年1月25日水曜日

信州のおやき

 


娘のところに行くと、毎回なにか料理のリクエストがあって、今回は「肉じゃが」と「おやき」を作ってほしいと頼まれました。H君はいつも「ポテトコロッケ(ひき肉入り)」です。

肉じゃがとコロッケはもう何十年も作り続けているから材料さえあればササッと作れるけれど、「おやき」 となるとそう簡単にはいきません。

「おやき」は長野県の人ならば誰でも知っている郷土料理で、野菜のみそ炒めや餡子などを小麦粉で作った生地で包んで焼き蒸しにしたものです。私が子供だった頃は家庭で作るのが普通でしたが、今はおやき専門店や、スーパーなどでで買うほうが一般的かもしれません。長野県内でも地域によって皮に違いがあって、パンのようにふっくらしたものや、囲炉裏の灰の中で焼いたもの、焼かずに蒸しただけのものなど、いろいろなタイプがあります。我が家のおやきは昔から焼き蒸しにしたものです。

中に詰める具もいろいろで、私が子供の頃に祖母が作っていたおやきはニラや青菜やナスや餡子がほとんどだった気がしますが、お店で買うようになってからはそこに野菜ミックス(キャベツ、にんじん、玉ねぎ)や野沢菜や切り干し大根やカボチャなどが加わりました。今はクリームチーズ入りのおやきなどもあるそうです。

うちの子供たちも昔から長野に行くと必ずおやきを食べていて、特に野菜ミックスとナスがお気に入りでした。

そんなわけで、今回、娘におやきを作ってほしいと頼まれたのだけれど、おやきは皮を作るのがヒジョーに難しいのです。おやきの皮の美味しさと、生地の扱いにくさは比例します。つまり、美味しい皮を作るには水分をたっぷり含んだベタベタな生地にしなければならないのです。私が覚えている限りでも、祖母のおやきの生地は液状といってもいいくらいに緩く、手のひらにサラダ油を塗ってから生地を載せて具を包んでいました。それを油を敷いたフライパンに即座に置いて、両面をきつね色になるまで焼いたものを蒸し器で蒸していました。(祖母は長野県出身じゃないので、それが本当のおやきの作り方だったのかどうかはわかりません。でも美味しいおやきでした)

以前、祖母の生地を真似しておやきを作ってみたことがありましたが、とてもおやきとは呼べないシロモノが出来上がって、それ以来なかなか挑戦できないでいました。でもそれはまだインターネットが普及する前のこと。今ではレシピを検索すればおやきの作り方だって簡単に探せます。そこで、ハワイに行く前にいろいろなレシピを参考にしておやきを作ってみました。

それでも、どのレシピも生地は扱いやすいけれど完成したおやきの皮がお団子のように硬いのです。そこで、液状とまではいかなくてもかなりベタベタな生地にして、打ち粉で対処することにしました。マットやめん棒にはこびりつくし、打ち粉であちこちが真っ白になるけれど、できたのですよ、薄くて柔らかい皮が…。やったー。

というわけで、ハワイでもこの生地でおやきを作りました。娘は大喜びで、8個作ったおやきを2-3日かけて大切に食べていました。

上の写真は昨日作ったものです。具は青菜(冷凍のマスタードグリーン)とネギの味噌炒め。懐かしい味がしました。写真だけ見ると、買ってきたおやきのようにも見えるぞ。