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2025年7月6日日曜日

戯言


 ある日突然、こんなツイートが私のフィードに入ってきました。ツイート主の方は存じ上げませんが、何か妙に共感したことを思い出しました。まぁ、私は「ジジイ」ではないけど、似たようなものです。

若者のロック離れと言うけれど、アメリカではもう社会全体がロック離れみたいなものです。テレビで放送されるアワード番組なんて、出演者はカントリーかヒップホップの人達ばかり。おまけ程度に一組ぐらいロックバンドが出てきても、これ、ロック?という感じで、嘆かわしい。いつぞやのグラミー賞では、最優秀ロックアルバムだったか、ロック系の賞は授賞式では放送していなかったくらいですから。昔のロックを知っている我々世代しかロックを聴かないというのは、本当なんでしょうね。

今の若者はカントリーやヒップホップを聴いて、何を感じるのかなぁ。私はこのどちらのジャンルからも、ロックに感じるようなドキドキ感やワクワク感を得ることができません。もっと言うと、胸が「くぅーっ」となる感じ。昔から私はこの表現を使っているけれど、これを分かってくれた人は未だかつて一人もいません。まぁ、音楽に関しては私は独りぼっちで、深い話のできる知人は一人もいないんだけど、それはそれでいいのです。変に音楽の話をしても、相手に合わせるのは簡単だけど、自分の中では「違うんだよなぁ」と落胆してしまうから。でも、スクリーンやモニターの向こう側には、私と似たような感覚の持ち主が少なからずいて、「そう、そう、そうなのよ」と画面に向かって頷いているのでした。

それでも、最近はトレンドが変わってきているらしく、アメリカではティーンエイジャーがガレージバンドを始める風潮が戻ってきているんだそうですよ。どこかで読んだ話では、Gen ZがCreed とNickelbackを聴いているともいうし。そういえば、このあいだ息子がCreedを聴いていて、おや?っと思ったことがありました。その時に息子とそんな話をしていて、「Nickelbackはすごく嫌われていた時期があったよね」と私が言ったら、それは、みんなが嫌いだというから他の人も後追いという形でみんなに合わせるために嫌いになった、という説があるんですって。Nickelbackにとっては大迷惑な話ですよね。でも、それってロック離れにも通じる話かもしれません。みんながカントリーを聴いているから、別に好きじゃないけど私も聴いておこう…というような。まぁ、流行りというのはそういうものだけど。

とは言うものの、私も新しい音楽はほとんど聴いていません。もうあの「くぅーっ」という感じがないんだな、新しい音楽には。2000年代が限界かも知れません。Greta van Fleetは最初聴いたときに、へー、かっこいいね、と思ったけれど、レッド・ツェッペリンやジャニス・ジョップリンの二番煎じみたいでちょっと物足りない。たぶん聴かないけど、新しいガレージバンドの活躍を楽しみにしています。私は昔の音楽だけでいいや。

昨日あたりから私のSNSフィードはOasisの再結成コンサートの投稿であふれています。「リアム、やったね。やればできるじゃん」というのが私の感想(すみません、上から目線で)。大人になったんだね。おそらくOasisの歴史の中で一番のコンサートだったんじゃないかと思います。セットリストも素晴らしい。

誰かが書いていたんだけど、ギャラガー兄弟の仲たがいの一因は、兄のノエルのフラストレーションにあって、それは弟リアムが類まれな才能をアルコールやドラッグで無駄にしていることを我慢できなかったからだと。昔のOasis時代にリアムは明らかにアルコールかドラッグかの影響下でステージに立ち、ステージ上で兄弟げんかを始めて、リアムが姿を消してノエルが残りの全曲を歌うことになったり、というハプニングが絶えなかったから、それも一理あるなという気がします。ノエルは口は悪いけど、実はすごく真面目で音楽に真摯に向き合っている人なんじゃないかという気がするから、リアムに対してそういう感情を抱いていたとしても不思議じゃないし、だからこそ今回のステージでのリアムの姿はノエルにとって感慨深いものだったことでしょう。

私がよく読んでいる音楽ブログの主さんは、Oasisを聴くことをGuilty Pleasure(言うのがちょっと恥ずかしいような、人に知られたくない楽しみ)と言っていたけれど、堂々と好きと言っていいくらいにいいステージでしたよ。私にもGuilty Pleasure的なバンドがいくつかあるんだけど、それはまた別の機会に。

そういえば、同じ頃にオジー・オズボーンのファイナル・コンサートがあった模様で、こちらに参加したミュージシャンも錚々たる面々。まぁ、私はオジーもブラック・サバスも聴かないけれど、ロックもまだまだ捨てたものじゃないのかもしれませんねー。

と、まぁ、Oasisの映像を見ていたら、いろんな考えが頭の中に浮かんできて、戯言を述べてみた次第です。 あしからず。


2025年4月28日月曜日

イベント盛りだくさんな週末

 


 今週末はいろんな出来事がありました。

金曜日の午前中に畑仕事をしていたら、突然Sちゃんから電話があって、「急なんですけど…」とその日の午後にイチゴ狩りに行きませんかとお誘いを受けたのでした。「わーい、行きます、行きます」と二つ返事で応え、畑仕事は放り出して出かけました。Sちゃんは少し前にお勤め先が変わって、我が家が通り道ではなくなってしまったので、久しぶりに会いました。

そういえば去年もSちゃんがイチゴ狩りに誘ってくれて、郊外の広~いイチゴ農園に出かけたのだけれど、今年はなんと家から15分ぐらいで行ける、住宅地に挟まれたような場所にある農園でした。昨年はSちゃんが通う日本人教会の方々とご一緒して、それを機に、私はクリスチャンでもないのにいろいろなイベントを通して多くの方々と交流させていただいたのでした。今年のイチゴ狩りにも、もうすっかり仲良しになった教会の人達が何人か参加して、わいわいガヤガヤとおしゃべりに夢中になりながら、真っ赤で艶々なイチゴを摘んでいたら、あっという間にカゴが一杯になりました。味見をしてもいいというので食べてはみたものの、やはり大味で、日本のイチゴのような甘さは期待できませんでした。ただ、市販のイチゴよりはずっと美味しくて、香りや風味が最高でした。香りがいいから生食するならアイスクリームと一緒に食べようと思って、帰りに買って帰ったのだけれど、翌朝の朝食時にイチゴを食べてみたら前日よりずっと甘くなっていました。おかしいなぁ、イチゴは追熟しないはずなのに。私の気のせいかと思ったら、Sちゃんも同じことを言っていました。



そして土曜日は、またまたSちゃんとウベ(ube)フェスティバルなるイベントに出かけました。私ったら、今の今(これを書いている今)までウベは紅芋のことだと思っていました!ubeって日本語で何というんだろうと調べたら、なんとubeはサツマイモじゃなくてヤマイモの一種なんですって!ひとつお勉強になりました。

Sちゃんはナースだからフィリピン系アメリカ人のお友達が多くて、フィリピン系の人しか知らないような情報が入ってくるらしいのです。興味半分で出かけてみたら、物凄い賑わいで、ほぼ全てがフィリピン系の人達でした。会場にはウベを使ったお菓子のベンダーやクラフト系のベンダーが所狭しと並び、一部のお菓子のベンダーには長蛇の列ができていました。Sちゃんと一通り見てまわり、せっかくだから何かお菓子を買って帰ろうと思って目に留まったのがドーナツ屋さん。なんでも、このイベントのために遠くから出張販売に来た有名なお店なのだそうです。買い求める人の列は会場の外まで続いていました。フェスティバルの開始時間からまだ1時間ほどしかたっていないのに、もうすでに商品が売り切れているベンダーもあったので、とりあえずここに並んでおくことにしました。こんなにたくさんの人が並んでいるんだから、美味しくないはずはないよね、と。一時間ほど並んでようやく順番がきましたが、ドーナツ1個のお値段が驚きの…$7.50!クラクラ~。$1を¥140で換算しても¥1050ですよ。日本にいたら、これでランチが食べられそう。このドーナツ1個の値段でミスドのドーナツいくつ買えるかな。そしてミスドのほうが絶対に美味しいはず。さらに、私ったら何を血迷ったか、4つも買ってしまったのですよ。ただのバカですね。

それでも、こんな見た目のわりには、生地がドーナツというよりケーキのようにフワフワで、中のクリームも甘さ控えめでなかなか美味しかったので、良しとしましょう。


そして、昨夜、日曜の夜は、 日本の航空自衛隊中央音楽隊と米空軍Heritage of America Bandの合同コンサートに出かけました。これもSちゃんがどこかで調べてきてくれた無料のコンサートで、近くのハイスクールの講堂で開催されたものです。毎年、隣接する市でこの時期に「Tatoo Festival」というイベントが開催されていて、私はずっといわゆる肌に入れるタトゥーのイベントだと勘違いしていたのだけれど、Tatooとは軍楽隊のパフォーマンスのことだったんですね。そのイベントに今年は航空自衛隊の中央音楽隊が参加していたそうで、そちらは有料だったものの、昨夜は小さな会場で無料のコンサートが開かれました。無料コンサートとは言え、侮ることなかれ。素晴らしいコンサートでした。最初は米空軍のブラスバンドが映画音楽や、テレビ番組の主題歌(?)やジャズのようなサウンドの曲を演奏し、まずまずでした。というのも、なんだか上手なのか、そうでもないのか、ちょっとよく分からない感じで、高校の上手なブラスバンドのレベルという気もしないでもないといった具合で。そして次に、自衛隊中央音楽隊が航空自衛隊の公式の曲を演奏すると、うわー! 今の言葉で言うと「レべチ」でした。続いて、スーパーマリオブラザーズ。こちらはノリノリ。指揮者も観客のほうを振り返って笑顔を見せたりして、お茶目です。次に、今回のTatooのために準備したという、この州のローカルな曲を披露し、最後は「Wings to Fly」として紹介された曲。日本人の多くは学校で歌ったことがあるはずというような英語の紹介で、何の曲だろうと思ったら、「翼をください」でした。これは懐かしさもあって、かなり感動しました。続いて、両楽団の混合で、オリンピックのテーマ曲、レナード・バーンスタインの曲を演奏し、最後の最後にStars and Stripes Forever(星条旗よ永遠なれ)で盛り上がっておしまい。とっても楽しいコンサートでした。

今週はSちゃんとラブラブな週末でした。



2024年2月29日木曜日

メキシコ・シティー 2日目

到着日は3人とも朝が早かった(H君は夜行便)こともあり、究極に疲れていたので、ホテルのレストランで簡単に夕食を済ませて、夜の9時前には寝てしまいました。

滞在したホテルはコンデサというちょっとお洒落な地区にあり、ホテル自体もモダンかつメキシコシティ特有のカラフルさを基調としたインテリアで、ヒップスター御用達という感じでした。部屋にはなぜかレコードプレーヤーが置かれていて、LP盤が2枚用意されていました。一枚はメキシコ音楽のレコードでしたが、もう一枚がなんとエコバニ(Echo & the Bunnymen)だったという…。あれー、これは我が家のどこかにもあるんじゃないかなー。40年近い時を経て(恐ろしや)、こんなヒップなホテルに置かれているということは、私のテイストも捨てたものじゃないじゃない!? H君が面白半分にレコードをかけたので、♪The killing moon~♪と私が口ずさむと、H君は「え?この曲、知ってるの?(What?You know this song?)」と驚いているので、ふふん、とふんぞり返って、「もちろん!」と答えたのでした。伊達に長生きしてません。まぁ、どうでもいいことなんだけど、エコバニのレコードを見てちょっと興奮しちゃいました。

 

さて、2日目はさっそく娘がメキシコ・シティーで一番行きたかった場所に向かいました。メキシコ・シティーと言ったら、やっぱりフリーダ・カーロです。彼女が実際に住んでいた家が博物館になっているので、コヨアカンという街に出かけました。と、ところが、入場券はすでに数日先まで売り切れというではないですか。なんということでしょう。せっかくここまで来て、中に入れないとは…。まるでバチカン美術館の悪夢の再来(日曜日は閉館で入場できなかったのでした)。

 

入れないものはしょうがない、と気を取り直して、コヨアカンの街並みを散策することに。コヨアカンってどこかで聞いたことのある名前だなぁ、アステカの本に出てきたんだったかなぁ、と思い、ホテルに戻ってからKindle版の本の中で「Coyoacan」を検索すると、コルテス率いるスペインの侵略者たちが最初に入居した土地がコヨアカンだったという文章が出てきました。なるほど、街の中心部には大きな教会があり、まわりの建物もスペイン風で、ヨーロッパの街を歩いているような錯覚を起こします。コヨアカンとはアステカの言葉、ナワトル語で「コヨーテのいる場所」という意味なのだそうで、公園の噴水には2匹のコヨーテの像が。フリーダもこの辺りを歩いたりしていたのかもしれませんね。





 

そしてこのコヨワカンには大きな市場がありました。野菜や魚介類やお肉などの生鮮食品はもとより、織物やガイコツの置物やメキシコの特産品などが所狭しと並べられています。飲食店もたくさんあって、私たちはトスターダ(パリパリに焼いたコーントルティアに様々な具材をのせたもの、好みのソースをかけて食べる)をランチに食べました。メキシコで食べたお料理全般に言えることなのだけれど、何を食べても塩加減が絶妙で、しょっぱすぎるということがないのです。アメリカで外食をすると、何でも塩分が濃すぎて、素材の味が全然しないんですよねぇ。メキシコの食文化は、私が経験した限りでは、アメリカとは比べ物にならないくらい優れていました。



 

コヨアカンを後にして、フリーダ・カーロと彼女の夫で画家でもあったディエゴ・リヴェラの共同スタジオ(アトリエ)に行ってみることにしました。こちらはUberで移動。この辺りもまたお洒落な街並みでした。


 






後日出かけた別の美術館の写真展で、フリーダ・カーロがこのサボテンの前に立っている写真を見ました。

 

夜は覆面プロレスとやらを見にいくというので、市の中心部に移動しました。なんでまた覆面プロレスなんて、と思ったのだけれど、メキシコ・シティーの名物エンターテイメントなんだそうです。

まだ少し時間があったので、その前にあたりを散策しました。ここはアステカの首都、テノチティトランの中心地で、もともとはアステカの神殿などがあった場所です。スペイン人の侵略でアステカの建造物はすべて取り壊され、跡地に修道院やスペイン風の建物が建てられたといいます。近年はアステカの神殿の一部の発掘が行われているようですが、スペインの建造物もすでに歴史の一部となっている今、アステカの神殿の完全復元はできないでしょうね。


(発掘中の遺跡)

そして、覆面プロレス。案内されたのはなんとリングサイドの最前列。私はプロレスに興味もなければ、テレビで見ることもないのだけれど、せっかく来たのだし、もうこんな機会は二度とないかもしれないから、楽しむことにしました。なかなか迫力がありましたよ。リング上からレスラーが次々と落とされて、私たちの席の方になだれ込んできたり、女性レスラーが目の前を通って入場したり…。私一人だったらプロレスを見ようなんて思いもしなかっただろうけれど、こういうのも旅の面白さなのかもしれませんね。





 

2024年2月11日日曜日

忘れていた音楽

 

先週は激しい頭痛で3日ほど寝込んでおりました。

日曜の夜にテレビでグラミー賞なんぞを見ながら赤ワインを少し飲んだから、二日酔いだったのかとも思うのだけれど、グラスに数センチ程度注いだだけの量で二日酔いになるとも思えないのですよね。でも頭痛や吐き気という症状は二日酔いにそっくりで、私は寝込むと何も食べられなくなる質なので余計に衰弱するという負のスパイラル。さすがに3日目には吐き気を抑えつつ軽い食事をして少し動けるようにはなったのだけれど、頭痛は一向に治まる気配がありません。変だなぁと思いながらも、3日ぶりにコーヒーを飲んだら、ものの10分もしないうちに頭痛がスーッとひいていくのがわかりました。え“え”っ、まさかこの頭痛はカフェイン禁断症状だったの?

3日も何も食べずに寝込んでいたせいで立ち眩みがするほど弱ってしまったのだけれど、ワタクシにはそんなことをしている余裕はないのでした。何を血迷ったか、3月に地元で開催されるフルマラソンにエントリーしているのです。もう1ヵ月ちょっとしかありません。本当ならば今頃は週末に20km30kmを走り込んでいなければいけないのに、今頃になって体調は崩すは、来週は旅行に出かけるは、で不安は募るばかりです。

ハワイから帰ってきた頃に、地元のマラソン主催団体がフルマラソンの3か月トレーニングプランをメールで送ってくれました。週3日のプランで月曜と土曜はスローラン、水曜日は「プログレッシブ」ランで少し速めのペースで走ることになっています。速めのペースはなかなか自分ではコントロールできないので(すぐに苦しくなって止まってしまうから)、レクセンターのランニングマシンでペースを上げて走ることにしました。そこで最近使っているのが、こちら(↓)

 


これ、何か分かりますか? お若い方は知らないかもしれませんが、iPhoneが世に出る前にiPodというものがあったのですよ。この中に何千曲もの音楽を保存できるという、当時としては非常に画期的なアイテムでしたね。私がランニングを始めた頃はもっと安価なMP3プレーヤーを使っていましたが、いつの頃からかこのiPod Nanoになり、そのうちに走りながら音楽を聴かなくなってしまいました。このiPod、もう何年も電源を入れたことがなかったのだけれど、ずっとパソコンデスクの隅の方にちょこんと置かれていたのです。昨年、ふと思い立って充電してみたら、ちゃんと電源も入るし、音楽も聴けることがわかりました。「Running」というプレイリストもそのままで、十数年ぶりに聴く曲もたくさんあって、昔走っていた海岸沿いの道路の風景がよみがえってきました。いやー、男らしい曲ばっかりだ!(???)

ただ、このiPodはまだBluetoothがなかった時代の製品なので有線イヤフォンしか使えず、走っているときにワイヤーが邪魔になるのが難点だったのです。そこでBluetoothアダプターというものを購入して無線イヤフォンで聴けるようにしました。ランニングマシンは本当に退屈だから、これが使えるようになってよかった。スマホでSpotifyを聴いていてもいいのだけれど、ランニングを始めた頃に聴いていた曲というのが今は新鮮なんです。“I will go on until the end(Breaking Benjamin)”とか、“Falling is easy, it’s getting back up that becomes the problem(Staind)”などと、鼓舞してくれるから。これで来月のフルマラソンも少し楽しみになってきました。「Running」プレイリストには10+時間分の曲が入っているから、フルマラソンでも大丈夫。というか、マラソンの制限時間は7時間ですってば。

先日のグラミー賞でトレイシー・チャップマンが、彼女の曲をカバーした何某というカントリーシンガーと一緒に「Fast Car」を歌っていたのだけれど、その後、その曲が売れに売れているという記事をどこかで読みました。

 


この曲は80年代の終わり頃にラジオでもMTVでもヘヴィロテで流れていて、いまでもラジオで時々かかるけれど、確かに今の40歳以下の若者たちは知らないかもしれませんよね。結構カバーされていたりもして、さっきちょっと見たら、ジャスティン・ビーバー版がありました。私が好きなのは、Vertical Horizonというバンドのライブ・カバー・バージョンで、ずーっと昔にある人にシェアしてもらったMP3を持っていました。もう忘れていたのだけれど、グラミー賞を見て思い出して、iPodのリストを見たら入っていました。懐かしいなぁ。(音声のみ↓)


 

2023年11月20日月曜日

ハーフマラソン、なんとか完走

  

 

昨日の日曜日、ハーフマラソンを走りました。

今回はソロ参加だったので、写真はほとんどなし。スタートを待つ間に一枚。朝の7時半にスタートで、東の空にようやく太陽が昇り始めたところでした。昨年ほどではなかったけれど、やはりスタートを待つ時間は寒かった!

10月末のハロウィーン10kが終わってから慌ててハーフの準備を始めて、急に走る距離をのばしたからなのか、先週あたりから右足首に痛みが出るようになってしまいました。昔もそういう痛みを無視して走ってシンスプリントや疲労骨折を引き起こしたことがあるので、この状態で21kmも走ったら来月のホノルルに出られなくなったりしないだろうかと心配だったのだけれど、実際にレースを走りはじめたら、最初の1-2kmは軽い痛みを感じたものの、いつの間にか全く気にならなくなりました。

今年はまったく走り込んでいなかったから、タイムは気にせず、とにかく完走できればいいと思い、最初からかなり遅いペースで走ったので10km過ぎぐらいまでは難なく走れていたのです。今回は去年のホノルルマラソンのレースシャツを着て走ったのだけれど、途中で同じシャツを着た女性を見かけました。おー、この人も同じフルマラソンを走ったんだ…と親近感がわきました。

と、まぁ、 15kmぐらいまではなんとかペースを保って走れたのだけれど、そこから急に足が上がらなくなってきて、あー、もう歩いてしまおうか...と何度も思いました。でも、一度止まってしまったら、もう走れないことは分かっていたので、とにかくペースを落として走ることに集中しました。ペースを落とすって、意外と難しいんですけどね。同じくらいのペースで軽い足取りで走っていた女性もやはり15km過ぎぐらいから足が上がらない感じになっていました。そんな中、近くで自閉症かダウン症かの10代の男の子がとても楽しそうに走っているのを見かけました。立ち止まってなにか独りごとを言っていたかと思うと、急に全力疾走で走り出して笑っている。この時点で他のランナーはもうみんなゲッソリして笑顔になる気力もないというのに、彼だけが本当に楽しそうに走っていて、なんだかとても微笑ましかった。

コースの途中では所々でDJが音楽をかけていました。ただ、どれも今どきのヒットソング(だと思われる)が多くて私にはどうでもよかったのだけれど、終盤の苦しいところで、なんと、ワタクシの大好きなDishwallaというバンドの90年代のヒット曲、Counting Blue Carsが流れていたのですよ。おー、こんなところでJRの声が聴けるなんて…と一気に一瞬だけ元気になりました。

最後の2kmはもう気力だけで走りました。このコース、ゴールを横に見据えて、さらに2kmを走らなければならないちょっと意地悪なコースなんです。去年はこれで最後が本当に長く感じられたのだけれど、今年はもう分かっているので、「まだ2kmもあるのか」じゃなくて、「あと2kmでおしまい」と思って走りました。

今年のタイムは去年より4分も遅かった。走り込んでないせいもあるし、1年トシをとったせいもあるでしょうね。 それでも完走できたので、いいことにします。いやー、ホノルルが不安だ。

レースの後はドリンクが4杯ももらえることになっていたのだけれど、今回はソロ参加で自力で家に帰らないといけないので、ビールはやめておきました。というか、もうヘトヘトでビールなんか飲んだらパスアウトしそうでした。参加者はみんな朝から何杯もビールを飲んでいましたよ。

ピザ屋さんがスポンサーなので、(冷たくなった)ピザひと切れとペプシをもらって、 独りでお祝い。


2023年5月19日金曜日

MisfitなMs.fit

 

♪ Ma ma ma ma misfit, misfit

Freak that’s on the street…

というCuriosity Killed the Cat の曲(Misfitがありましたねー。PVはアンディ・ウォーホールが監督して、出演もしていました。日本では確かカセットテープのCMにこの曲が使われていたんじゃなかったかと思いますが、私はこの曲の入ったアルバムをLP盤で持っていました。今どきの若者の中にはカセットテープやレコードなんて見たことも聞いたこともない人がいるのかもしれません。

それはさて置き、今年2月の私の誕生日に、息子とお付き合いしてくれているSちゃんが市のレク(リエーション)センターの有料メンバーシップを私にプレゼントしてくれました。レクセンターは、ジムやプールやバスケットボール、ラケットボールなどの室内コートのほか、屋外にはテニスコート、野球場、サッカーフィールドなどが完備された施設で、市内に数か所あります。メンバー登録をすると、こうした施設がいつでも使えるだけでなく、数あるフィットネスクラスにも事前予約なしで追加料金も払わずに参加できます。アメリカではおそらくどのコミュニティでも同様の施設やプログラムがあるんじゃないかと思います。

Sちゃんも同時にメンバー登録をしたので、最近、私たち二人はメンバー料金の元を取るために、時間を見つけてはレクセンターに足繁く通っているのでした。フィットネスクラスも一人ではなかなか行きづらいけれど、二人ならば心強いので、まずはヨガに初挑戦。ところが、「ヨガぐらいなら」と侮ることなかれ。そんなに激しい動きやポーズをしたわけではない(と思っていた)のに、帰宅して数時間したら、まるで風邪をひいた時のように体がだるくなり始めました。好転反応といい、普段使わない筋肉を使ったために身体が驚いていろいろな反応をしてしまうのだそうです。確かに翌日は上半身が激しく筋肉痛になりました。ヨガの他にはピラティスのクラスにも行ってみました。ヨガに近いものなのかと思っていたら、ピラティスはしなやかに筋力アップを目指すエクササイズなんですね。片足立ちでかなりフラフラしたのは、コアマッスルが弱いからなのかもしれません。

そして、つい最近、遅ればせながらZumba(ズンバ)デビューを果たしました。Zumbaはラテンダンスと有酸素運動を融合したエクササイズで、もう何年も前からその存在は知っていたし、どハマりしていた友人もいたのだけれど、有酸素運動はランニングで十分だったこともあり、特に興味を持つことはありませんでした。今回も特に行きたかったわけではないのだけれど、Sちゃんがやってみたいけれど一人では行きにくいというので、じゃぁ、一緒に行きましょうかということになったのでした。私も今度Sちゃんに太極拳のクラスに付き合ってほしいのですよ。

そこでZumbaのクラスに行ってみると、いやー、Zumbaって人気があるんですねー。ほぼ定員いっぱいで、ギリギリセーフでクラスに滑り込みました。そうしたら、なんと初心者は私とSちゃんだけ。最初にインストラクターの先生が「今日、初めての人はいますか?」と聞いて、手を挙げたのは私たち二人だけだったという。先生は「周りの人に合わせていれば大丈夫ですよ」というので、後ろの隅の方で、前の人をお手本にすることにしました。しかし、いざ始まると、ひゃー、なんだー、このステップは。速いよー、と撃沈。かなり年配の人もいるのに、みんなちゃんと付いていっています。私はなんだかぜーんぜんダメだったけれど、多くの人がハマるのも分からなくない気がします。楽しみながらエクササイズができるというのはかなりプラスなんだと思います。私はストイックに何kmも走る方が楽しかったりするのだけど。

あとは、ラテン音楽に馴染みがなさ過ぎて、聴いていても楽しいと思わないんだな。これがロックだったらまたちょっと感じ方は違うのだけれど。例えば、ロック風Zumbaというものがあったとしたら、「ハイ、縦ノリでジャンプして、ハイ、フィストパンプ、次はモッシュ行くよー、周りの人に体当たりしてー、最後は首の体操、がんがんヘッドバンギングしてー!」ぶはは。こっちのほうが楽しい気がしないでもないけれど、エクササイズで体調がよくなるどころか、ケガ人が出るかもしれません。

と、まぁ、私のZumba初体験は残念な結果に終わりましたが、あのクラスで楽しそうに踊っていた人たちにも「初めて」はあったわけで、何度か通っているうちに上達するかもしれないので、諦めずに続けてみようと思います。

Zumbaの後の私(