2023年12月30日土曜日

年末

 



気が付けば、今年も残すところわずか。12月はいったいどこに行ってしまったのでしょうか!!!???

今月は2週間ほどハワイに出かけて、ホノルルマラソンもなんとか完走しました。しかし、暑いのと走り込み不足で、20kmぐらいまでは走れたものの、その後は走ったり歩いたり。なんだか不完全燃焼なレースでした。やはり走行距離は大事なんだなと再認識しました。すでに来年のレースのエントリーが始まっていますが、来年はどうしようかなぁ。

あ、そういえば、マラソンのあと、道端で高橋尚子さんとすれ違いました。私が歩道を歩いていた時に、向こうから「チームぴあ」(英語だったかも)と書かれた青いTシャツを着た女性が二人歩いてきて、「あ、日本から来た人なんだなぁ」とそのTシャツばかりに目が行ってしまったのだけれど、すれ違いざまにふとお二人の顔を見ると、わぁ、高橋尚子さんだ!一瞬のことで私はただただハッとしただけでしたが、確かにご本人でしたよ。

ハワイではマラソン以外は特に何もせず、マラソンの準備やリカバリーなどをしているうちにあっという間に時間が過ぎてしまいました。来年は違う季節にもハワイに行ってみたいなぁ。

ハワイから帰ってきたらすぐにクリスマス。今年は最初からクリスマスをボイコットすると宣言していたので、家の飾りどころかプレゼントさえもろくに用意せず、当日こそお料理はそこそこに作ったものの、息子とSちゃんはクリスマスも仕事で帰りが遅かったので、夫と二人だけの、普段とたいして変わらない一日でした。ホノルルマラソンとクリスマスは両立できないのです。どちらかを選ばないと。

そんなこんなで年末がやってきました。

今年はどんな一年だったのかと振り返ってみると、なんだかやたらと物が壊れた一年でした。洗濯機や冷蔵庫や芝刈り機が壊れ、キッチンのディスポーザーが壊れたのはなんとか(私が)修理したものの、寝室のシャワーが水漏れして、壁の裏側のクローゼットに浸水したのはもう絶体絶命だと思いました。業者さんに頼んだところ、思ったほど深刻じゃなかったので助かりました。そう考えると困ったことの多かった一年でしたが、それでも家族みんなが健康に一年を過ごせたのは幸いです。家族が集まる機会が何度かあったのもうれしい出来事でした。

年末はいつもその年に読んだ本のことに触れることが多いのだけれど、今年は詳しく書く時間がありません。それでも概要だけ書くと、今年は47冊読みました。和書27冊、洋書16冊、漫画4タイトル。フィクションよりノンフィクションを多く読みました。

さて、来年はどんな一年になるのでしょうか。

よいお年を。



2023年11月29日水曜日

野沢菜の収穫と塩漬け

感謝祭の週末も過ぎて普段の生活に戻りました。

今朝は気温が急に下がって、0℃(32°F)でした。明るくなってからガラス戸越しに外を見ると、霜が降りた様子はなさそう。後で畑を見にいったら、土が露出した場所は霜柱が立っていました。大根の葉がちょっとシナシナしていたものの、小松菜や青梗菜やホウレンソウは無事でした。

寒波が来ると事前に聞いていたので、先日、件の野沢菜を収穫しました。野沢菜は本当は霜に当たったほうが美味しくなるのだといいますが、凍りついて全滅してしまう可能性も否めず、また、来週から遠出をするので時間のあるうちに収穫してしまおうと思って。 

 

菜園の木枠の1/3程度にしか生えていなかったので、たいした量にはならないだろうと思っていたら、間引きもしなかったせいか、予想以上にたくさん採れました。太くて立派な株からひょろっとひ弱そうな株までいろいろあり、洗ってから計量したら1.5㎏もありました。

まだ成長し切っていない株はそのままに。うまく越冬できたら菜の花として収穫したり自家採種ができるといいのだけれど。あ、でも、他のアブラナ科の野菜と交配しちゃうかも。実際、今年の春に採種したものの中には、青梗菜のように太い茎の小松菜や、大根の葉のような形のユーチョイ、刺のある白菜のようなお菜、白菜と交配したと思われる巨大な葉の小松菜などのオバケ野菜がいろいろと育っています。そして、一代交配だからなのか、とっても元気で美味しかったりします。


野沢菜漬けは自分で漬けるのは初めてなのでネットで調べてみると、野沢菜は茎が折れないようにお湯で洗うのだそうです。野沢菜の名前の由来の野沢温泉では、温泉のお湯でお菜を洗うとのこと。私がまだ小学生だった頃、祖父母が家庭菜園で野沢菜を栽培していて、寒い季節に収穫したあとに冷たーい水でお菜を洗うのだけれど、そのお手伝いをした時のあの水の冷たさは忘れられません。手が真っ赤になって、ジンジンしたのを覚えています。洗った野沢菜は庭に敷いたゴザの上で天日干しをしたように記憶していますが、その量も相当ありました。冬の間中、ずっと食卓に出てきていたのも頷けます。

収穫した野沢菜には土(や虫も?)がついていて、屋内に持ち込むことができないので、バケツにお湯を用意して外で汚れを落とします。それから、根元の辺りに汚れが残らないようにもう一度キッチンで丁寧に洗い、しっかり水を切ってから塩漬けにします。今回は3%の塩で漬けました。

1.5㎏って、一見たくさんあるようだけれど、塩を振ってしんなりしたらずいぶん少なくなり、ガラス瓶2個に収まってしまいました。「おやき」を作る分はないかも。

さぁ、どうなるか、楽しみです。



2023年11月26日日曜日

感謝祭

 

木曜日は感謝祭でした。

今年は感謝祭もクリスマスもボイコットすると決めていたのですが、やはり直前になってターキー(七面鳥)を買いに行きました。というのも、全米展開(あ、ロンドンにもあったな)するスーパーに勤務する娘から、自社ブランドのスタッフィングミックスやグレイビー、くるみ、ドライクランベリーなどの食品が送られてきて、どうもお料理しないわけにはいかない状況になってしまったのです。息子に任せようかと思ったら、木曜日はSちゃん家のワンコとニャンコの世話をしないといけないからできないと言います。仕方がないので小さめのターキー胸肉をスロークッカー(低温調理器)で調理することにしました。放置するだけだから、らくちん♪

前日にはパンプキンパイを作ったのだけれど、すっかり写真を撮り忘れました。こんなにやる気がないのだから市販のパイで済ませればいいのでしょうが、私はパイ生地にこだわりがあって、生地にバターも使っていない市販のパイが嫌なのです。パンプキンパイはアメリカに来た当初はスパイスの味が好きではなくて、まったく美味しいとは思わなかったけれど、大人になったからなのか、味覚がアメリカ人に近くなったからなのか、好きなパイのひとつになりました。自作するとスパイスの量を加減できるのもいいのかもしれません。

食材の買い出しに行った時に、コラードグリーンが一束$0.99で売られていました。一束といっても巨大で、うちわのような葉のついた茎が20本以上束になっています。ワタクシ、コラードグリーンが大好きなのです。あんなにゴワゴワした葉っぱなんですが、大好きなアブラナ科の野菜ですから。サザン・コラードグリーンといってアメリカ南部の代表的な料理のひとつですが、私は「くたくた煮」と呼んでいます。本当は燻製のハムやターキーの脚と一緒に煮込むのだけれど、家には普通のベーコンしかなかったので、それで代用しました。まぁ、私のはなんちゃってコラードグリーンなんですが、向かいの家のジョージおじさんから自慢の本物コラードグリーンが届きました。わーい、毎日食べても飽きません。

あとはスタッフィングとマッシュポテトを作って、芽キャベツをローストして(これもアブラナ科で大好物)、パンを焼いて・・・結局、いろいろ作りました。

息子は食事の直前にやってきて、ターキーをきれいに切り分けてくれました。 

翌日は、Sちゃんママお手製の美味しいチーズケーキが届きました。 日本のチーズケーキ!

感謝祭やクリスマスって、私にとってはただただ料理を作るだけの日という気がするのだけれど、その翌日は何もしない正真正銘のホリデーです。前日の残り物があるから食事も作らなくていいし。

というわけで、ブラックフライデーでしたが、どこにも行かず、家で読書などしながらゆっくり過ごしました。近年はよほど欲しいものがない限り、ブラックフライデーやサイバーマンデーに買い物をすることもなくなりました。セール商品を見ると必要のない物でも買わなければ損をした気になってしまうから、見ることさえもしません。知らなければ、損をしたことさえ気づかないのだから。

2023年11月20日月曜日

ハーフマラソン、なんとか完走

  

 

昨日の日曜日、ハーフマラソンを走りました。

今回はソロ参加だったので、写真はほとんどなし。スタートを待つ間に一枚。朝の7時半にスタートで、東の空にようやく太陽が昇り始めたところでした。昨年ほどではなかったけれど、やはりスタートを待つ時間は寒かった!

10月末のハロウィーン10kが終わってから慌ててハーフの準備を始めて、急に走る距離をのばしたからなのか、先週あたりから右足首に痛みが出るようになってしまいました。昔もそういう痛みを無視して走ってシンスプリントや疲労骨折を引き起こしたことがあるので、この状態で21kmも走ったら来月のホノルルに出られなくなったりしないだろうかと心配だったのだけれど、実際にレースを走りはじめたら、最初の1-2kmは軽い痛みを感じたものの、いつの間にか全く気にならなくなりました。

今年はまったく走り込んでいなかったから、タイムは気にせず、とにかく完走できればいいと思い、最初からかなり遅いペースで走ったので10km過ぎぐらいまでは難なく走れていたのです。今回は去年のホノルルマラソンのレースシャツを着て走ったのだけれど、途中で同じシャツを着た女性を見かけました。おー、この人も同じフルマラソンを走ったんだ…と親近感がわきました。

と、まぁ、 15kmぐらいまではなんとかペースを保って走れたのだけれど、そこから急に足が上がらなくなってきて、あー、もう歩いてしまおうか...と何度も思いました。でも、一度止まってしまったら、もう走れないことは分かっていたので、とにかくペースを落として走ることに集中しました。ペースを落とすって、意外と難しいんですけどね。同じくらいのペースで軽い足取りで走っていた女性もやはり15km過ぎぐらいから足が上がらない感じになっていました。そんな中、近くで自閉症かダウン症かの10代の男の子がとても楽しそうに走っているのを見かけました。立ち止まってなにか独りごとを言っていたかと思うと、急に全力疾走で走り出して笑っている。この時点で他のランナーはもうみんなゲッソリして笑顔になる気力もないというのに、彼だけが本当に楽しそうに走っていて、なんだかとても微笑ましかった。

コースの途中では所々でDJが音楽をかけていました。ただ、どれも今どきのヒットソング(だと思われる)が多くて私にはどうでもよかったのだけれど、終盤の苦しいところで、なんと、ワタクシの大好きなDishwallaというバンドの90年代のヒット曲、Counting Blue Carsが流れていたのですよ。おー、こんなところでJRの声が聴けるなんて…と一気に一瞬だけ元気になりました。

最後の2kmはもう気力だけで走りました。このコース、ゴールを横に見据えて、さらに2kmを走らなければならないちょっと意地悪なコースなんです。去年はこれで最後が本当に長く感じられたのだけれど、今年はもう分かっているので、「まだ2kmもあるのか」じゃなくて、「あと2kmでおしまい」と思って走りました。

今年のタイムは去年より4分も遅かった。走り込んでないせいもあるし、1年トシをとったせいもあるでしょうね。 それでも完走できたので、いいことにします。いやー、ホノルルが不安だ。

レースの後はドリンクが4杯ももらえることになっていたのだけれど、今回はソロ参加で自力で家に帰らないといけないので、ビールはやめておきました。というか、もうヘトヘトでビールなんか飲んだらパスアウトしそうでした。参加者はみんな朝から何杯もビールを飲んでいましたよ。

ピザ屋さんがスポンサーなので、(冷たくなった)ピザひと切れとペプシをもらって、 独りでお祝い。


2023年11月13日月曜日

最近の畑

 

 

裏庭のカエデが黄葉し始めました。今年は11月になっても夏のような陽気の日があったと思えば、霜が降りるような寒い日もあり、寒暖の差が激しかったからなのか、近所の木々がきれいに紅葉しています。カエデやモミジは毎年きれいに紅葉するけれど、今年はサルスベリや桜の葉も真っ赤に染まっています。

裏庭のカエデは左右に二本あり、同じカエデのようなのだけれど、毎年、右側が先に黄葉して、かなり経ってから左側の葉が黄色く色づきます。しばらくするとこの葉がすべて落葉して、庭は完全に落ち葉で埋め尽くされます。これを熊手で搔き集めて腐葉土にしたものが、来年、再来年の畑の土になるのです。

私は化学肥料は一切使わず、腐葉土に有機肥料(鶏糞や野菜くずから出来ているらしい)と少量の石灰だけを混ぜたものをすでにある土に混ぜて野菜を作っているのだけれど、 先日たまたま読んだ「The Devil's Element(邦題:肥料争奪戦の時代)」という本がリンの問題に触れていて、以前は洗剤に含まれていたリンが水質汚染を招いていたのが、洗剤のリンの使用が禁止された今は、化学肥料の野菜や植物に吸収されなかったリンが雨で流されて河川や湖や海水を汚染しているということを知りました。これはなかなか深刻な問題のようだけれど、化学肥料なくして増え続ける世界の人口の食糧を支えることも難しいというジレンマがあるそうです。そして今は、その本の中で紹介されていた1900年代初めに書かれた「Farmers of forty centuries」という本を読んでいます。これはアメリカの農業研究者が中国、韓国、日本の農業を視察したことをまとめた本で、アメリカのように比較的新しい開墾地と違って、4000年もの間、同じ土地から作物を収穫できるのはなぜなのかという疑問の答えを探ることを目的としています。まだ途中までしか読んでいませんが、アジアの農業のことだから私にとってはそれほど珍しいことが書かれているわけではないのだけれど、この著者にとっては驚きの連続であり、それを技術的に遅れているとか、野蛮だなどとは一切思わず、すべて好意的、肯定的に書いているところが素晴らしいなと私は思ったのでした。

と、まぁ、話はずいぶん逸れてしまいましたが、最近の我が家の畑は私の大好きな青菜ばかりです。 


これは、なんと野沢菜です。

今年の夏にSちゃんがシカゴに出かけたときに日本のスーパー(ミツワだったかな?)で日本の野菜の種を見つけたといい、その場で、何か欲しい種がありますかと写真付きのメッセージを送ってくれたのです。そこに野沢菜の種があったので買ってきてもらいました。そして秋口に種を蒔いたものがこれ↑です。もう少ししたら収穫して野沢菜漬けにします。


こちらは青梗菜やユーチョイ(油菜)やルッコラやホウレンソウや大根です。奥の袋栽培はすべて大根です。普通の青首大根とチャイナレッドという赤い大根。畑の右側には紅心大根もあります。別の畑には小松菜や水菜もありますが、水菜はどうやらアリに種を食べられてしまったようで、ポツポツとしか生えていません。まさかアリが種を食べるなんて、実際にアリが種を運んでいるのを見るまでまったく知りませんでしたよ。そういえば去年も水菜は発芽しなかったけど、種が古くなっているのかと思っていました。アリだったのか。


少し前までは、こんなのもあったんです。何だと思いますか?

サツマイモです。でも、葉っぱを何者か(ウサギか、ヨトウムシか)に食べられてしまって、お芋が成長していないんじゃないかと心配だったんです。

案の定、こんなでした。


あーあ、こんなに細いのばかり。残念。日数も少し足りなかったようです。来年の課題です。


細いお芋はサツマイモご飯に。味も甘くて香りもよかった分、太くならなかったのが残念です。奥は残り物のゴーヤーチャンプルーもどき。沖縄出身のSちゃんが美味しいと言ってくれたので、良しとしましょう。ゴーヤーも今年は豊作でした。去年は小さめのプランターで育てて、ごく小さいものがひとつしか生らなかったので、今年はぶどう棚のわきの地面(畑でも何でもない)に露地植えにしました。肥料も与えなかったのにグングン伸びて、たくさん実をつけました。



2023年11月6日月曜日

再開します

 


あれよあれよという間に11月になってしまいました。

コロナ罹患後にしばらく咳が止まらず、いろいろと調べてみたところ、コロナ後遺症は2か月から半年以上も続くことがあるというので、まぁ覚悟はしていたのだけれど、気づいたらいつの間にか咳の症状は治まっていました。コロナで寝込んでいたのは2か月ちょっと前のことなのに、なんだかずっと昔のことのような気がします。

さて、9月は仕事が大忙しで、あっという間に過ぎてしまいました。その上、10月初めにちょっとしたサプライズイベントを企画・開催しなくてはいけなくて、9月中旬過ぎからは本当にバタバタしていました。イベント自体は大成功だったので、まぁ一安心。

10月下旬に、日本で懇意にしていただいていた野球界の重鎮の方が野球関係のイベントでここから一時間ぐらいの場所にいらっしゃるとのことで、お会いしに出かけてきました。ご夫婦でいらしていて、お二人ともワイン愛好家だと存じ上げていたので、近くのワイナリーにご案内しました。平日だったので人も少なく、その日はツアーもテイスティングもできないと言われてしまったのだけれど、受付の人がワイナリーのマネージャーさんに訊いてくれたら、マネージャーさんは沖縄に住んでいたことがあるそうで、ずいぶんな親日家のようで、わざわざ日本から来て下さったのだからと自らセラーに案内してくれたばかりか、無料でテイスティングをさせてくれました。テイスティングといえども、ずいぶんな量で


  

これはリザーブワインのテイスティングで、左から右に向かって徐々に深い味わいになっていきます。日本のワインは甘いものが多すぎるとおっしゃるMさんご夫妻はこのワイナリーのワイン、特に3番目のメルローを気に入ってくださり、何本か購入されていました。

翌日の野球のイベントにも夫と私を招待してくださって、夫は出席したのだけれど、私はその翌朝にランニングの10Kレースがあったのでご辞退しました。そういえば、そのイベントには旧知のバレンタイン(元)監督もいらしていたそうです。

さて、10Kはというと、これは去年も参加したハロウィーンのレースで、大半の参加者が仮装をして走り(歩き)ます。今回はまたSちゃんと10Kに参加し、Sちゃんのママと弟くんと妹ちゃんが5K で参加しました。仮装のコスチュームは今年もSちゃんに一任。ピクミンというゲームのキャラクターになりたいというのだけれど、コスチュームが$100以上もすると彼女は悩んでいました。その後、Etsyという手作りクラフトを販売するサイトで、ピクミンの帽子が$30ぐらいで売られているのを買おうかと思っていると言ってその帽子の写真を見せてくれました。かぎ針編みの長編みで作った帽子の先を長細くして、天辺にお花をつけた帽子でした。ちょっと待って、これなら私が作れるかもしれないよ、とさっそく毛糸を買ってきて作ってみました。あまり上手にできなかったけど、一度しか使わないものだし、Sちゃんがずいぶん気に入ってくれたので良しとしましょう。私は黄色ピクミンだったのだけれど、赤ピクミンのSちゃんとはレースの最初からはぐれてしまったので、コースの途中で沿道のちびっ子たちに「ピカチュウ!」とか「テレタビー!」と声をかけられたりしました。Sちゃんは途中で誰かが「Another Pikmin!(また、ピクミンだ!)」と言っていたのを聞いたというので、私がピクミンだと分かっていた人もいたんですね。


 
Sちゃんママは正真正銘のピカチュウに扮していました。弟くんと妹ちゃんもポケモンのキャラクターでした。

 

肝心のレースはというと、去年より4分も遅かった!今年はコロナにかかったりして全然走り込めていなかったから、10kですら完走できるのか分からない状況だったのです。Sちゃんなんて去年のホノルルマラソン以来、一度も走っていなかったという それでも私よりほんの少し遅れてゴールしたからすごいなぁ。でも、Sちゃんのランニングはこれでおしまいです。

私は2週間後にハーフ、約一か月後にホノルルのフルマラソンがあります。大丈夫なのか??? どちらもタイムは気にせず、ゆっくり楽しんで走ることにします。