去年のちょうど今頃は、横浜の借家を後にして、渡米までの1週間ほどホテル住まいをしていました。あれからもう1年が過ぎてしまったとは…
先日、行きつけのスーパーのレジで支払いをしていると、買ったものを袋に詰めてくれていた若いアジア(フィリピン?)系の店員さんに、「スミマセン、ニホンジンデスカ?」と話しかけられました。なぜ私が日本人だと分かったのかは、おそらく一緒にいた夫が「Yokohama」という文字の入ったベイスターズのTシャツを着ていたからだろうと思います。ちょっと立ち話をすると、その若い店員さんは大学で日本語を勉強しているとのこと。かなり上手な日本語を話し、私の言うこともほぼ完全に理解しています。そんなに上手なのに、日本語を話す機会があまりないと言っていました。カジュアルな話し方だから大学で習ったというより、アニメや漫画で覚えたんじゃないのかなという印象を受けました。私みたいなオバサンにも話しかけたくなっちゃうほど、日本語が話したかったのかもしれません。
でも、わかるなぁ、その気持ち。
私はまた今年も4月からNHKラジオでハングル講座を聴講していました。過去形なのは、今日が最終日だったからです。去年の一年目もちょうど今頃が最終放送で、引っ越しやホテル住まいの最中になんとか最後まで聞いたことを覚えています。こちらに来てからは聞けないと思っていたのだけれど、ちょっと裏ワザを使って聴講しています。テキストは電子書籍で購入して。
最初は「アンニョンハセヨ」と「カムサハムニダ」ぐらいしか知らず、ハングル文字もまったく読めなかったことを考えたら、多少はいろいろ分かるようになりましたが、実際に韓国の人と話す機会はほとんどありません。ところが先日、ようやくその機会に恵まれたのです。
先日、息子とお付き合いしてくれているSちゃんの就職祝いに、Sちゃんの行きつけのお寿司屋さんに出かけたのだけれど、そこは韓国人のご夫婦が経営しているお店で、Sちゃんは常連さんだから奥様が私たちのテーブルにご挨拶に来てくださったのです。私は、このチャンスを逃してはいけない、と意気込んで、「アンニョンハセヨ」と言ってみたのでした。すると奥様は少し驚いた様子だったので、「チョヌン ハングゴ コンブハゴ イッソヨ(私は韓国語を勉強しています)」とテキストにあった文章をそのまま続けました。でも、そこまでが限界で、奥様に何か聞かれたのだけれどよく分からず、会話は英語になってしまいました。でも、ドラマがなんとかと訊かれたので、あ、これはテキストにあった!と「トゥラマルル ポゴシポソヨ(ドラマが見たいからです)」と答え、お料理はどうですか?と英語で聞かれたのに「ノム マシッソヨ(とても美味しいです)」と調子に乗っていってみたり、帰りがけには「チャル モゴッソヨ(よくいただきました=ごちそうさまでした)」とご主人にも声をかけてホクホクしながら帰ってきました。本当に簡単な言葉だけだったのだけれど、通じたことがとてもうれしかったのです。だから、スーパーの店員さんの気持ちもよくわかるのです。
そういえば、韓国語とは関係ないけれど、そのお寿司屋さんの店員さんが日本人の女性で、ご本人は東京出身とのことだったのだけれど、お父様が長野県出身だといい、場所を訊いたら、私の実家のある町内で、お祖父さまは地元の中学校の先生だったとか。どうも私が通っていた頃にいらした先生のようです。思い出せないけれど、こんど同級生に訊いてみることにします。でもアメリカのこんな場所で、あんな田舎町の話をすることがあるなんて…