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2025年2月18日火曜日

浦安/シンガポール/横浜 横浜編

 

 

シンガポールから羽田までは夜行便で、羽田には早朝5時半ごろに到着しました。リムジンバスで横浜駅のバスターミナルに向い、そこからタクシーで山下公園に近いホテルに直行。着いたのが朝の7時台だったのに、娘のホテルの特典ですぐにチェックインできました。二人とも飛行機の中でほとんど眠れなかったから、通常通りに午後3時ごろまでチェックインできなかったら、眠いままどこかで時間をつぶさなければいけなくて相当つらかっただろうと思います。チェックインしてすぐに2時間ほど仮眠をとりました。

横浜での滞在は一泊二日。翌日の夜には羽田からそれぞれ出発することになっています。時間がないので優先順位をしぼって、まずはまっすぐ横浜駅に向かいました。ホテルの窓からは懐かしい横浜スタジアムの一角が見えて、そちらにも行ってみたかったし、もっと時間があったら数年前に住んでいた家の近くにも行ってみたかったけれど、とにかくアメリカに持って帰るものやお土産を買わなければ。根岸森林公園ではアイスチューリップがきれいに咲いているだろうなぁ、と思いながら。

横浜駅ではまずランチを。娘のおススメのお茶漬け屋さんに行きました。私はシャケと高菜のお茶漬けと鶏の和風から揚げのセットを。ごはんをお茶碗によそって、具材を載せ、テーブルに置いてある刻みのりやあられやわさび漬けをトッピングして、ポットの出汁を注ぎます。出汁がよいお味で、美味しいお茶漬けでした。から揚げも大根おろしや青じそが載っているあっさり味で美味しかった。お高いキャベツの千切りも残さず食べましたよ。娘はお肉の載った丼のようなお茶漬けを食べていました。

 ランチの後は食材や文房具や洋服などのお買い物と、デパ地下でお土産のお菓子を買い、夕方にお寿司をたべてから、みなとみらいを散歩しながらホテルに戻りました。夫の昔の職場までの道筋の一部を歩いていて、なんだか時間がフラッシュバックしたような気がしました。ずっとそこにいたような…

翌日の午前中は娘と別行動。私はお買い物も済んだのでふらりと山下公園へ。横浜の1月、2月は快晴の日が多く、歩いていると背中に当たる日差しが暖かくて、大好きな季節でした。この日も透き通るような青空。

 
 
山下公園の氷川丸。私の祖父が終戦後に南洋から帰還した船だそうです。
 
あ、そういえばホテルの近くのコンビニに、こんなものが。
 

これ、私が子供の頃によく食べていたパンです。長野のご当地パンだとは知らずに食べていました。しかし、ずいぶん小さくなったような。この倍ぐらいの大きさじゃなかったかなぁ。それとも自分が小さかったから大きく見えただけ? 牛乳パンは、四角いパンの真ん中にクリームが挟んであるだけの素朴なパンなのだけれど、とにかく大きくて安いのが最大の取り得だったと思うのです。おなかを空かせた子供たちの最大の味方でした。今の私には糖質過多かもしれませんが、懐かしかったので買ってしまいました。
 
横浜滞在はあっという間に終わってしまいました。この日の夕方にはもうアメリカに出発です。
 
ちなみに、私は昨年の四月にグリーンカードの更新申請手続きを行ったのですが、まだ新しいカードが手元に届いていません。先日サイトで確認したところでは、私のカードはあと18ヵ月もかかるそうです。それまでは連絡してはいけないとも書いてあります。申請した時点で期限切れのグリーンカードを24ヵ月延長するという手紙が届いて、それがあれば国外に旅行もできるのだけれど、航空会社のアプリにグリーンカードの情報を保存できないから、オンラインのチェックインができず、毎回、航空会社のカウンターに出向いてチェックインをしなければなりません。だから空港には少し早めに行かなければいけないし、結構面倒です。 今の新政権の入国管理のゴタゴタで、もっと延びる予感もします。やれやれ。
 
あ、でも、いいこともあって、帰りの便もなんと3席一列独り占め。 ラッキー!
 

2025年2月13日木曜日

浦安/シンガポール/横浜 シンガポール食事編

 食事もシンガポールでの楽しみのひとつです。シンガポールはアジアのメルティングポットと呼んでもよいくらい多様な民族と文化が融合していて、それは食文化にも反映しています。

 最初に泊まっていたホテルの近くにあったお店で食べたワンタン麺。タイ風ということで好みでナンプラーやチリソースを入れるとのこと。私はあっさり味が好きなので、そのまま食べました。麺に青菜が入っているとは知らず、青菜の炒め物まで注文してしまいましたが、野菜が食べたかったので二人ですっかりたいらげました。
 

 リトル・インディアでのランチは、ビリヤーニ、パラク・パニール(ほうれん草とパニールのカレー)、ゴビ・パコラ(カリフラワーのフライ)。大きなお皿の上にはバナナの葉が敷いてあり、各自お料理を取り分けて食べます。本当は手で(厳密には右手で)食べるのが正しいのでしょうが、観光客が多いこのお店ではカトラリーが最初から置かれていました。

今でこそビリヤーニは日本でも人気ですが、何年か前に日本でビリヤーニが食べられるお店を検索したら、 横浜あたりでは一軒ぐらいしかなかったように思います。こちらのインド料理店でずいぶん前にビリヤーニを食べて以来、大好きなお料理です。でも、このリトルインディアで食べたビリヤーニはもっと本格的で、付け合わせの赤タマネギのヨーグルト和えがビリヤーニの辛さにマッチして本当に美味しかった。そしてカリフラワーもフライなのにまったく重くなく、いくらでも食べられちゃいそうな美味しさでした。

こちらはどこかのフードコートで食べた、なんとか麺。マレーシアのペナン島発祥の麺というようなことがお店の看板に書いてあったのだけれど、麺の名前を失念しました。最近、歳のせいなのか、外食をすると何でもしょっぱく感じるのだけど、この麺のスープは薄味で美味しかった。

 
 そしてこちらは、鼎泰豊(ディンタイフォン)。言わずと知れた小籠包で有名な台湾発祥のお店ですが、今回、鼎泰豊に出かけたのは、有名だからではなく、思い出があるからです。
 
20年前にシンガポールを訪れたときは、オーチャード通りのホテルに泊まっていて、ある日、夫と息子がホテルのプールに行っている間に、私と娘は近くに散策に出かけたのでした。といってもオーチャード通りは日本の銀座のような場所で、ウインドウショッピングぐらいしかすることはありません。そうしてふらっと入ったショッピングセンターの中に、ガラス張りの厨房が丸見えで、調理師が餃子やシュウマイのようなものを一つ一つ手作りしている姿や蒸籠からもくもくと蒸気が上がっている様子が通路から見えるお店があったのです。平日の午後でショッピングセンターにもそのお店にも人は少なく、 ぽつぽつと座っているお客さんのテーブルには何段にも重なった蒸籠が置かれています。それを見て、ちょっと入ってみようか、ということになったのでした。
 
メニューを見て、あれもこれも食べたくなり、小籠包や蒸し餃子や雲吞や中華まんなどを注文して、$20ぐらいで二人でお腹がいっぱいになるほど飲茶を満喫しました。美味しさはもちろんだけれど、その安さにも感動しました。

その時に鼎泰豊というお店の名前は覚えたのだけれど、有名なお店だったとは露知らず。しばらくして、英字新聞だったか、英語の記事だったかで、ニューヨークでも話題のDin Tai Fungというお店のことを知ったのでした。
 
それから20年が経ち、あの時の感動をもう一度!と出かけたものの、今や鼎泰豊はありとあらゆるショッピングセンターの中にあり、どこも行列ができるほどの人気です。本当は以前行ったお店に行きたかったのだけれど、ホテルから少し遠かったので、もっと近いお店にしました。そこも待ち時間が40分。モールの中をふらふらして時間を潰し、戻ってきて通された席は隅っこの二人掛けテーブル。この混みようだから仕方がありません。いろいろ注文してもテーブルに乗りきらない!でも味は確かでした。うん、美味しかった。前回と同じくらい食べたと思うのだけれど、お会計は…4倍以上でした。とほほ。
 
今となっては、20年前の思い出をそのままにしておきたかった、と思ったりして。 

ホテルの朝食もバラエティー豊かなお料理がたくさん。卵やソーセージやパンやクロワッサン、シリアル、ヨーグルトなどのよくある欧米系の朝食に加えて、中華料理、インド料理、アラブ料理なども所狭しと並んでいます。ヌードル・バー(というのかな?)ではお好みの具材と麺の種類、スープを選ぶと、目の前でそれを調理して器に盛ってくれて、最後は好みのトッピングを自分で載せるというシステムでした。これが結構人気で、みなさん朝から麺を食べていました。数日泊ったので、今日は中華、今日はインド料理、と日替わりでいただきました。

こちらはカヤ・トースト。カヤとは、パンダンという植物の葉で風味をつけたカスタードクリームのようなものですが、牛乳ではなくココナツミルクを使っているのだと思います。そのカヤとバターを、トーストしたパンにはさんだものがカヤ・トーストです。

このトーストを、一緒についてくる半熟玉子にディップして食べるのが正しい食べ方なのだそうです。玉子にお醤油を少し垂らすので、甘さやしょっぱさやいろいろな味がします。カヤは以前娘がお土産として買ってきてくれたことがあって、トーストに塗って食べたりしたことはあったけれど、こういう食べ方があったとは知らなかったなぁ。

また、この時に飲んだミルクティーが濃厚でとっても美味しかったのです。つい先日、ミルクティーとロイヤルミルクティーの違いというのを知ったのですが、これはまさにロイヤルミルクティーでした。シンガポールにはTWGという有名なお茶屋さんがあって、そこで幾つか紅茶や烏龍茶を買ってきました。その中にミルク烏龍茶というのがあって、これはミルクが入っているわけではなく、発酵する過程で自然にミルクのような香りを発するようになるのだそうです。ちょっと面白いお茶です。

最後は海南鶏飯。海南チキン(Hainanese chicken rice)ともシンガポールチキンライスとも呼ばれる、シンガポールではホーカーセンターやフードコートなどには必ずあって大人気のお料理です。なんとワタクシ、初めて食べました。

シンガポールはあちこちにホーカーセンターと呼ばれる屋台や小店が並んだ大型フードコートのような場所があるのだけれど、注文するのをちょっと躊躇するような、衛生的にどうなのかな、というところも無きにしも非ず。地元の人たちはそういう場所で美味しそうに食べているし、実際にとても美味しそうなんです。私は胃腸は結構強い方だから余程のことがない限り大丈夫だと思うのだけれど、夫などはお腹が弱いうえに、食べる前からイメージだけでお腹が痛くなっちゃうタイプです。

今回娘が連れていってくれたホーカーセンターはなかなか小ぎれいな場所でしたが、お客さんの大半は観光客でした。観光客相手のお店というのはどうなんでしょうね。 今回食べた海南鶏飯は、ご飯にも鶏の味がよく染みていてとても美味しかったけれど、初めて食べるので他と比較しようがありません。次は地元の人たちが食べている海南鶏飯にチャレンジしてみましょうか。

2023年11月29日水曜日

野沢菜の収穫と塩漬け

感謝祭の週末も過ぎて普段の生活に戻りました。

今朝は気温が急に下がって、0℃(32°F)でした。明るくなってからガラス戸越しに外を見ると、霜が降りた様子はなさそう。後で畑を見にいったら、土が露出した場所は霜柱が立っていました。大根の葉がちょっとシナシナしていたものの、小松菜や青梗菜やホウレンソウは無事でした。

寒波が来ると事前に聞いていたので、先日、件の野沢菜を収穫しました。野沢菜は本当は霜に当たったほうが美味しくなるのだといいますが、凍りついて全滅してしまう可能性も否めず、また、来週から遠出をするので時間のあるうちに収穫してしまおうと思って。 

 

菜園の木枠の1/3程度にしか生えていなかったので、たいした量にはならないだろうと思っていたら、間引きもしなかったせいか、予想以上にたくさん採れました。太くて立派な株からひょろっとひ弱そうな株までいろいろあり、洗ってから計量したら1.5㎏もありました。

まだ成長し切っていない株はそのままに。うまく越冬できたら菜の花として収穫したり自家採種ができるといいのだけれど。あ、でも、他のアブラナ科の野菜と交配しちゃうかも。実際、今年の春に採種したものの中には、青梗菜のように太い茎の小松菜や、大根の葉のような形のユーチョイ、刺のある白菜のようなお菜、白菜と交配したと思われる巨大な葉の小松菜などのオバケ野菜がいろいろと育っています。そして、一代交配だからなのか、とっても元気で美味しかったりします。


野沢菜漬けは自分で漬けるのは初めてなのでネットで調べてみると、野沢菜は茎が折れないようにお湯で洗うのだそうです。野沢菜の名前の由来の野沢温泉では、温泉のお湯でお菜を洗うとのこと。私がまだ小学生だった頃、祖父母が家庭菜園で野沢菜を栽培していて、寒い季節に収穫したあとに冷たーい水でお菜を洗うのだけれど、そのお手伝いをした時のあの水の冷たさは忘れられません。手が真っ赤になって、ジンジンしたのを覚えています。洗った野沢菜は庭に敷いたゴザの上で天日干しをしたように記憶していますが、その量も相当ありました。冬の間中、ずっと食卓に出てきていたのも頷けます。

収穫した野沢菜には土(や虫も?)がついていて、屋内に持ち込むことができないので、バケツにお湯を用意して外で汚れを落とします。それから、根元の辺りに汚れが残らないようにもう一度キッチンで丁寧に洗い、しっかり水を切ってから塩漬けにします。今回は3%の塩で漬けました。

1.5㎏って、一見たくさんあるようだけれど、塩を振ってしんなりしたらずいぶん少なくなり、ガラス瓶2個に収まってしまいました。「おやき」を作る分はないかも。

さぁ、どうなるか、楽しみです。



2023年8月18日金曜日

ブドウ初収穫

ブドウを初めて収穫しました。

5年前の春頃にコンコードという品種のブドウの苗を買ったのだけれど、忙しくしていて定植できずにいたら、その秋に夫の転勤で日本に引っ越すことになり、ブドウの苗も袋入りのまま物置の横に置き去りにして日本に発ったのでした。私は日米間を行き来する予定だったから、戻ってきたら植えればいいと思っていたのです。ところが翌年にこの家に戻ってきても私はその苗を放置していて、見かねた息子が私の留守中に庭の隅に植えてくれました。それからコロナ禍に突入して私はアメリカに戻れなくなり、ブドウの木も枝が四方八方に伸びて収拾がつかなくなっていたそうなのだけれど、実は一応付いたそうなのです。ただ最後まで房として残るものはなく、粒が雨で落ちてしまったり、鳥や虫に食べられたりして、個々の粒を数個採るのが精いっぱいだったといいます。

昨年は枝を大幅に剪定してしまったので、DIYで作ったブドウ棚に枝を渡すことができず、少しだけ実ったブドウもやはり雨と害虫にやられて全く収穫できませんでした。

今年は一房でいいからブドウらしいブドウを収穫することを目指して、枝渡しや摘果作業をし、見込みのある房にはメッシュの袋をかけて、雨除けの傘(パーチメントペーパーをホチキスで留めた自作品)もかけました。摘果の目的は栄養が分散されないように房の数を減らすというということなのだけれど、なんだかもったいなくてかなりの房を残してしまったので、一房がやはり貧弱な感じになってしまいました。来年の課題です。

真夏にはコガネムシがブドウの葉にびっしりと付いて、葉を食べ尽くし、葉脈だけが残ったレース状の無残な姿になってしまいます。アメリカにはコガネムシの天敵がいないそうで、農薬を使わない場合は、石鹸水を入れたバケツに手作業でコガネムシを落としていくのが一番有効な方法だといいます。フェロモントラップもあるけれど、逆にコガネムシを呼び寄せてしまうこともあるのだとか。だから私はバケツを手に完全防備でコガネムシ獲りに挑んだのです。でもね、コガネムシといえども生き物、申し訳ないような、自分がとてつもなく残酷なことをしているような、複雑な気持ちになりました。

ブドウを完全無農薬で育てるというのはかなり難しいことだといいます。日本のブドウ農家は袋掛けをしてブドウを守るけれど、その前に農薬をかけないとブドウが袋の中で腐ってしまうそうです。 カビの一種が原因のさび病にも消毒は必須だといいます。実際に自分で栽培してみても、市場に出回るようなきれいなブドウを無農薬で栽培するのはほぼ無理だろうと思います。ということは、うちで収穫できたこのブドウ、とっても貴重なものなんじゃないかという気がしてきました。

さて、肝心のお味は?

甘い!香りがいい! 日本のブドウみたいだー。

コンコードはスリップスキンといって日本のブドウのようにつるっと実が出るタイプで、フォックス臭という香りがあります。これが私にとってはブドウの香りなんだなぁ。子供の頃、幼馴染のお家がブドウ農家で、形が悪くて出荷できないブドウをよくもらっていたのだけれど、そのなかのひとつにナイアガラという品種がありました。それにコンコードと同じ香りがあるのです。ナイアガラはコンコードの交配種だと後で知りましたが、私にとっては本当に懐かしい香りです。

まだ完熟していない房がいくつかあるので、ブドウはまだもう少し楽しめそうです。



 

2023年6月20日火曜日

「今」できることを…

  

先週は、「お先真っ暗」という知らせが舞い込んできて、私の人生どうなっちゃうんだろうと不安に駆られた一週間でした。長い人生のうちには、いろんなことがあるものですね。韓国ドラマなんか見ている場合じゃありません。

しかしながら、過去はもう巻き戻せないので、前を向いて生きるしかありません。たまたま今読んでいる本に、人間は思考の大半を未来のことに費やしているというようなことが書いてあったのだけれど、確かに「備えあれば憂いなし」で自分の将来に投資する(金銭的なことばかりじゃなく)ことは大切だけれど、「今」を犠牲にしてまで「未来」に備えなければいけないんだろうかと、ある選択を迫られて考えてしまったのでした。縁起でもないけれど、「明日」はもう来ない可能性だってあるわけで。ちょっと前に読んだ「4000 Weeks(限りある時間の使い方)」の趣旨も概ねこんなことだったな、と思い出しました。

まぁ、それでも、毎日ちょこちょこと嬉しいことがあったりもします。

100万年ぶり(!!)にパソコンでiTunesを起動したら、十数年前に聴いていたプレイリストを再発見しました。もうどこでも手に入らないような曲がいくつも入っています。やはり気落ちしている時には音楽を聴くのが一番です。それにしても、このプレイリストを聴いていた頃には、未来(今)の自分がこんな生活をしているとは想像もしていませんでした。あの頃に想像していたであろう「最悪の事態」も今のところ起きていません(別の悲劇はいろいろあるけれど)。未来に何が起こるかなんて、やっぱり誰にも分からないんですよね。なにはともあれ、懐かしい音楽を聴きまくる毎日を過ごしています。iTunesは最新のデバイスではもう使えないらしいので、全曲(1000曲ぐらい)をどこかに保存しなければ。

そして今週末は件(くだん)の植物園に独りで行ってきました。

ある全く面識のない人のブログ(音楽の話から行きついた)に、旅行はいつも使わない脳を最大限に使うからボケ防止になるというようなことが書かれていて、確かにそうかもしれないと思ったのでした。よく考えると、私は毎日同じことばかりしていて、日常生活にこれといった変化がほとんどありません。脳は実は怠け者だから、私に脳を使わせたくなくて、いつもと違うことはさせないように働きかけているんでしょうかね。と、まぁ、その殻を破るためにも、旅行とまでは行かなくても、手始めに植物園に行ってみようと思ったのです。前回は友人と一緒に行ったのだけれど、久しぶりに会ったので話に夢中になってしまって、肝心の植物をあまり見なかったというのが正直なところです。

そこで今回はまだ行ったことのないエリアにも行ってみました。Native Plantsというアメリカ東海岸に自生する植物のエリアは天然の森の中に板張りのボードウォークが敷いてある場所だったのだけれど、あまりに地味すぎて誰も入っていく気配がありません。自生のブルーベリーや、湿地にはなぜか不気味な姿の食虫植物が生えていました。

しばらく歩いているとボードウォークの脇になにやら黒い塊が。よく見ると、ぎゃー、ヘビでした。恐ろしや。

その先はボードウォークさえもなく、獣道のような通路を、どうかヘビが出ませんようにと進んでいくと、脇の低木の隙間から何かが飛び出してきました。ひえー!何やら大きな鳥でした。ツルかアオサギか…。私の10mくらい先を歩いています。しばらくすると大きな翼を羽ばたかせてどこかへ飛んで行ってしまいました。いろいろと心臓に悪いエリアでした。

バラ園にもまだ遅咲きのバラがたくさん

今回は季節的にも紫陽花がたくさん咲いていました。



園内の至るところにタイサンボク(Southern Magnolia)の花が咲いていて、いい香りが漂ってきました。

 

2023年3月27日月曜日

フロリダ紀行2

 


さて、今回フロリダに出かけたのは、うちの子供たちの幼馴染、Hちゃんの結婚式に参列するためでした。

Hちゃんは私の長年の友人Mさんの娘さんで、うちの娘と同い年。二人は45歳の頃からの仲良しです。

 


その後、二人が小学校の低学年の頃にMさん一家が日本に引っ越してしまったのだけれど、それから数年して私たちも日本に移転することになり、Mさん一家は横浜に、私たちは神奈川県南部に住んでいたので、週末などによく行き来していました。子供たちが中学生の頃にMさん一家がまたアメリカに引っ越してしまってからは、長く離れ離れに暮らしていたのだけれど、それから10年以上たって私たちがまたアメリカの同じ場所に戻ってきたという、お互いに何か深い縁を感じる関係なのです。

そのHちゃんから昨年の秋ごろに結婚式の招待状が送られてきました。

私たちが日本にいた間に、Mさん一家にはいろいろなことが起きて、今回の結婚式に至るまでにも様々な困難があったと聞いていたので、結婚式の招待状が届いた時には心から「よかった」と思いました。なんと肝心のうちの娘はLAに出張中で出席できなかったのですが、その代わりにHちゃんが「弟」と呼ぶうちの息子(とSちゃん)が参列しました。

結婚式はビーチ・ウェディングで、手作り感のある可愛らしい式でした。通常の結婚の誓いに加えて、アメリカ先住民の儀式を取り入れるという趣向も凝らされていました。幸せそうな二人の姿をみて、私も嬉しくなりました。写真には全部人が写ってしまっていて、ここに載せられないのが残念です。

カクテルとレセプション(披露宴)の開かれる宿泊先のホテルにはリムジンで往復。今回の結婚式にはMさんのご弟妹さんたちが日本やフランスから来られて、私も20年ぶりくらいに再会しました。そして、Mさんの横浜でのご近所さんで、今はカリフォルニアに住んでいるNさんにもやはり20年ぐらいぶりに再会しました。Nさんとはリムジンで一緒だったので、近況報告や懐かしい話に花を咲かせました。まだ小さかったNさんの娘さんが24歳になったと聞いて、私も齢をとるわけだと思いましたが、そんな年月を感じさせないほどみんな昔のままでした。

レセプションはオープンバー(飲み放題)だったのだけれど、美味しい食事のお供に赤ワインを一杯だけいただきました。食事の後のダンスではBackstreet boys’N SyncSpice Girlsがかかって笑っちゃいました。Hちゃんのリクエストだったそうですが、うちの娘とHちゃんが大好きだった曲でした。なにはともあれ、こうして夜更けまで楽しい時間が続きました。若者たちはその後も二次会に出かけたようですが、私はみんなにお別れの挨拶をして部屋に直行しました。Hちゃんに改めて「おめでとう」と伝えると、Hちゃんは、

You know, I love you! You are like my second mom.

と。うー、うるうる。

20年前の時間が戻ってきたみたいで、とても楽しい一日でした。

翌日は帰りのフライトが夜だったので、ホテルをチェックアウトしてから、せっかくフロリダに来たのでランチにキューバ料理を食べて、オーランドに向かいました。オーランドについてからまだ時間があったので、ディズニーワールド内の無料で入場できる「Disney Boardwalk」というところに行ってみました。ちょっとディズニー・シーのような感じの場所です。豪華なホテルに囲まれていたけれど、日曜の午後で宿泊客はみんなチェックアウトしてしまった後なのか、人も少なく、静かにお散歩を楽しみました。

 


2023年3月3日金曜日

アテンション、プリーズ!

娘が送ってくれた日本のお土産の箱の中に、カエルの置物が入っていました。

昔、日本に住んでいた頃、よく行く駅ビルの中に「マライカ」というエスニックな雑貨屋さんがあり、そこで私がこの手のカエルの置物を気に入って買ったところ、毎年私の誕生日に子供たちがこのシリーズのカエルや猫やおサルの置物を少しずつ買ってくれるようになり、ちょっとしたコレクションになったのでした。

 

子供たちが中学生ぐらいの頃のことで、今ではそのカエルたちも箱に入ってどこかに仕舞われてしまっていますが、今年初めに日本に行った娘がどこかのお店で偶然このシリーズのカエルの置物を見かけて、懐かしくなって私に買ってくれたのだそうです。

お土産の箱が届いてしばらくはマントルピース(暖炉の上の棚)の上にカエルをちょこんと置いておいたのだけれど、ある日息子がカエルをあちこちに移動させ始めました。その都度、「お、今日はこんなところにいるね」と言っていたのだけれど、そのうちに姿が見えなくなり、「今日はどこにいるのかな」とかくれんぼのように探すような格好になってきました。最初のうちはすぐに見つかるような場所にいたのが、次第に難易度が高くなってきてちょっとやそっとじゃ見つかりません。私もそれほど暇じゃないからしばらく放っておいたら、ある日、夫が「今日はカエルはどこにいるんだ?」と訊くので、私は「知りません、もう探すのは疲れたので、しばらく放っておきます、そうすれば、無視されたと思って絶対に自分から出てくるから」というようなことを答えたのでした。すると、案の定、こんな分かりやすいところに出現しました。かまってちゃん、なのですよ。ぷぷぷ。


 

今日はこんなところに。

 

話変わって、昨日、パンがなくなってしまったので、また件(くだん)のピザ用の小麦粉でパンを焼きました。丸型のパンを作る時は発酵カゴに生地を入れて発酵させるのだけれど、焼く前にカゴをひっくり返して生地を天板に載せると、形が崩れてしまったり、衝撃で空気が抜けてしまったりするので、何かいい方法はないものかと考えたところ、フライパンにお皿をかぶせてひっくり返すのと同じように、何か板のようなものをかぶせてひっくり返せばいいんじゃないかと思いついたのです。そこで、まな板を使うことにしました。まな板の上にパーチメントペーパー(クッキングシート)を載せて発酵カゴにかぶせてからひっくり返して、パーチメントペーパーを天板にスライドさせるという計画です。

その通りに生地をひっくり返し、まな板ごと天板に載せて、さあ、まな板を取り出そうとした時、おっと、クープナイフを忘れていたと気付きました。引き出しからクープナイフを取り出して、慎重に慎重にクープを入れると、なかなか上手に切り込みが入りました。ホクホクしてパン生地をオーブンに入れて焼くこと40分。クープも開き、水分も抜けて、軽い仕上がりのパンが焼きあがりました。パンを持ち上げてふと見ると、パーチメントペーパーの下に何か白いものが。ぎゃー、プラスチック製のまな板を一緒に焼いちゃった!

こちらは、Pay attention, please!